Round and round



宿敵V.V.を倒し、ギアス饗団の殲滅から戻ったC.C.は、記憶をなくしていた。
「記憶喪失」と言うよりも、「記憶が退化した」と言ったほうが、正しいかもしれない。
「魔女」と恐れられた面影は今はなく、おどおどと怯えながら、部屋の隅で蹲っているC.C.は、自分を奴隷の少女だと思い込んでいる。
それは妄想ではなく、C.Cの過去の記憶だった。
どれくらい昔の記憶なのだろう。
「奴隷制度」などという、古い悪習があったことは知っているが、それがどれくらい前のことかまでは、はっきりとはわからない。
数十年・・・あるいは、百年以上も前のことなのだろうか。
周囲を気にしながら、萎縮しているC.C.を、ジェレミアは眉を顰めて、見つめていた。
そのC.C.の隣にはルルーシュが、普段と変らない様子で、椅子に腰掛けている。
ルルーシュの前で片膝をつき、畏まるジェレミアと、横にいるルルーシュの顔を交互に見ながら、時折不安そうな視線をルルーシュに向ける、C.C.が、ジェレミアは矢鱈と気になった。

―――あの高飛車な女が、こうまで変ってしまうものか・・・。

驚いている反面、内心では穏やかではない。
記憶が後退し、現代の生活に馴染めないC.C.は、一人では何もできないのだ。
その事実は、一部の人間しか知らない。
斑鳩艦内のルルーシュの部屋からは、一歩も出るなと言ってあるので、知られる心配はないのだが、それでも、長い時間は目が離せなかった。
仕方のないこととは言え、ルルーシュはほぼ付きっ切りで、C.C.の傍にいる。
それがジェレミアにはおもしろくない。
記憶がなかろうが、儚げな仕草をしようが、C.C.が普通の少女ではないことは、間違いない事実だ。
そのC.C.をそこまで大事に扱う、ルルーシュの気が知れない。
顔に出さずに、ジェレミアはムッとしていた。

―――ルルーシュ様は、なにを考えていらっしゃるのだ?

ルルーシュの臣下となって、まだ日が浅いジェレミアは、ルルーシュのことをあまり良く知らない。
その容貌から、勝手にルルーシュの母であるマリアンヌの、優しく聡明な印象を、ジェレミアはルルーシュに抱いていた。
事実、ルルーシュは聡明だった。
とにかく、頭の回転が速く、判断力も決断力も優秀だ。
そのルルーシュに、臣下として受け入れてもらえた事を、ジェレミアは誇りに思っている。
だから、

―――マリアンヌ様のご恩義に報いる為にも、ルルーシュ様をお守りしなければ・・・!

強い使命感を感じていた。
それを知ってか知らずか、ルルーシュは奴隷の少女の記憶にとらわれているC.C.を、優しく見守っている。
C.C.がルルーシュに「ギアス」という、特別な力を与えたことを、ジェレミアは知っていた。
しかし、それだけのことで、記憶をなくしたC.C.を、ルルーシュがこれほど大事にするとは思えない。

―――・・・も、もしや!?

ジェレミアの思考に不安が過ぎる。

―――ルルーシュ様はC.C.と・・・ご結婚なさる、おつもりなのでは・・・!?

自分の頭に浮かんだ不穏な思考に、ジェレミアは愕然とした。
ルルーシュは相変わらず、C.C.の世話を妬いている。
その優しげな様子に、ジェレミアの不安は一層に掻きたてられた。

―――だ、だめです!!ルルーシュ様!それは、絶対にだめです!!

容姿の点では、ジェレミアの目から見ても、C.C.は合格だ。
しかし、それはC.C.が普通の少女だったらの話である。
不老不死の、しかも「魔女」と呼ばれているC.C.と結婚して、ルルーシュが幸せになれるとは、到底思えない。

―――それだけは、どんなことがあっても私は認めません!!

例えC.C.が記憶喪失で、従順な奴隷の少女になりきっていても、いつその記憶が戻るかわからないのだ。
記憶が戻れば、

―――絶対に尻に敷かれます!!

言い切る自信がジェレミアにはあった。
嫁の尻に敷かれる、情けない主君の姿など、ジェレミアは絶対に見たくない。
ルルーシュの結婚相手には、従順で心根の優しい、良家の淑やかな女性が相応しいと、ジェレミアは思い込んでいる。
それ以前に、ルルーシュとC.C.が結婚するということ自体、ジェレミアの勝手な思い込みなのだ。
血の気の引いた顔をルルーシュに向けて、訴えかけるように見つめているジェレミアに、ルルーシュは首を傾げている。

「どうした?」
「・・・わ、私は認めません!」
「はぁ?・・・突然なにを言っているんだ?」
「C.C.とご結婚なさるおつもりなのでしょうが、それは絶対にだめです!」
「ちょ・・・ちょっと待て!・・・なんだそれは!?なんで俺がC.C.と結婚しなければならないんだ!?」
「誤魔化しても無駄です!ルルーシュ様のお相手は、この私がお探しいたします。ですから、C.C.は・・・どうかお諦めください!」
「諦めるもなにも・・・俺はC.C.と結婚する気などさらさらない!なにを勝手に勘違いしているのだ!?」

少し不機嫌そうにそう言ったルルーシュを、ジェレミアは疑うような視線で見ている。

「ほ、本当に、C.C.とご結婚なさるおつもりでは・・・ないので、すか?」
「当たり前だ!この馬鹿!!」

怒鳴りつけられて、ジェレミアは首を竦めた。

「一体どうすれば、俺がC.C.と結婚するなどと、馬鹿な発想ができるんだ?」
「・・・そ、それは・・・」

口ごもって、ジェレミアはようやく、自分の勝手な思い込みだったことに気づく。
顔を赤くして、俯いたジェレミアを、ルルーシュは鼻で笑った。

「大体、お前に心配してもらわなくても、自分の結婚相手くらい、自分で探せる」

ルルーシュのその言葉に、はっとなって、ジェレミアは慌てて顔を上げた。

―――ま、まさか・・・。

またジェレミアの頭の中に嫌な妄想が走る。

―――ひょっとして、ルルーシュ様には、すでにお心にお決めになった方がいらっしゃるのでは・・・?

ルルーシュの傍にいる、ジェレミアの知った女性の顔が、次々と頭の中を駆け巡る。
とは言っても、そんなに数がいるわけではない。

―――アッシュフォード家のご息女は、ルルーシュ様と歳は近いが、すでに婚約者がいると聞いているから除外してもいいとして、ヴィレッタもラクシャータとか言う女も歳が離れすぎているし・・・。

と考えて、一人の女性の顔がジェレミアの頭の中で留まった。

―――カ、カレン・・・とかいう女は、確かルルーシュ様と同じとしだとお伺いしたような気がする。ハーフと言うのは引っかかるが、シュタットフェルト家の娘なら家柄はまぁまぁと言ったところか・・・。

今は敵方に拘束されていて、黒の騎士団にはいないが、ジェレミアは何度かカレンの操縦するナイトメアと対峙したことがある。

―――だ、だめだ!力任せに突っ走るあの手の女はガサツと相場が決まっている!!ルルーシュ様のお相手として相応しくない!

カレンが聞いたらグーパンチが飛んできそうなジェレミアの予想は、強ち外れてもいない。

―――はやり、私がルルーシュ様に相応しいお相手をお探ししなければ!

拳を握り締めて、尚も強い使命感に燃えているジェレミアを、ルルーシュは冷ややかな瞳で見つめていた。

「・・・お前、今度はなにを考えているんだ?」

どうせくだらないことだろうと、ルルーシュは侮蔑するような視線をジェレミアに向けている。

「ガサツな女は問題外です!」
「・・・それは、・・・カレンのことを言っているのか?」

「ガサツ」の一言で、カレンを連想するルルーシュも結構酷い。

「とにかく、ルルーシュ様のお相手は私が決めさせていただきます!」
「あのな〜・・・俺はまだ結婚する年齢じゃないし、そのつもりもない!人の心配よりも自分の心配をしたらどうなんだ?」
「私のことは放っておいてくださって結構です。それよりも、ルルーシュ様をご立派にお育てするのが、亡きマリアンヌ様に対する私の忠義の在り方です」
「・・・お前に育ててもらわなくても、充分に育っているつもりだが?」
「いいえ!ルルーシュ様は私から見れば、まだまだお子様です。世間を知らなすぎます!」

世間知らずで、お坊ちゃま育ちのジェレミアには言われたくない台詞だった。
ルルーシュはむっとして、ジェレミアを睨みつけた。
そう言うところが、まだまだ子供なのだと、ジェレミアは余裕の表情を浮かべている。
それが、余計にルルーシュの癇に障った。
不機嫌の度合いが増したルルーシュの横では、C.C.がオロオロとうろたえている。
ルルーシュの気の短い性格を、C.C.は知っていた。
気が短いというよりも、激情型の性格なのだ。
だから、いつそれが爆発するかわからない。
常に人の顔色を窺いながら、怯えて生きていた、奴隷だった頃のC.C.は、他人の感情に敏感だった。

「あ・・・あの、ご、ご主人様・・・?」

どうにかして、ルルーシュの気を静めようと、遠慮がちに声をかけたC.C.に、ルルーシュは「なんだ」と、冷たく返す。
オドオドと視線を彷徨わせながら、萎縮して口ごもっているC.C.を、ルルーシュは黙って見下ろしていた。
それを、ジェレミアは、悪い夢でも見ているかのように、呆然として見つめている。

―――・・・C.C.は、今・・・なんと、言った・・・?

耳に飛び込んできた言葉を、咄嗟に理解することができずに、ジェレミアの思考は激しく混乱した。

―――・・・「ご主人様」・・・だと・・・?

確かにそう聞こえた・・・ような気がした。
C.C.はルルーシュを「ご主人様」と呼んだのだ。

「ルルーシュ様ッ!」
「な、なんだ!?」
「い、一体C.C.に、な・・・なにをお教えになったのですか!?」

急に立ち上がったジェレミアは、顔を真っ赤にしてルルーシュに詰め寄った。

「な、なんの・・・ことだ?」
「い、今、C.C.は、ご・・・ご、ご主人様と・・・ルルーシュ様を、ご主人様と、呼んでいたではありませんか!?」
「それが、どうかしたのか?」
「・・・あ、貴方は、なにも覚えていないC.C.に・・・一体どんな・・・そ、その・・・わ、悪い遊びを、お仕込みになったの、ですか!?」
「ちょ・・・っと待てジェレミア。お前、なにを言っているんだ?・・・悪い遊びとはなんのことだ?」

真顔のまま、ジェレミアは耳まで赤くして、それ以上の言葉を躊躇っている。

「おい!答えろ!」
「・・・そ、それは・・・・・・・・・・・・なにプレイ、ですか・・・?」
「・・・はぁ!?」

ジェレミアの突拍子もない言葉に、なにが言いたいのかを理解したルルーシュは、恥ずかしさのあまりに顔を染めた。

「お、お、お前・・・ッ!なに考えてるんだ!!」

羞恥と怒りに、握り締めた拳をわなわなと震わせながら、外に聞こえるくらいの大声でジェレミアを怒鳴りつける。

「俺が、そ、そんな変態じみたことを、C.C.に強要していると、本気で思っていたのか!?」
「し、しかし・・・C.C.は、ルルーシュ様を・・・ご主人様と呼んだではありませんか?」
「馬鹿!あれは天然だ!!本人がそう呼びたがっているんだから、仕方ないだろう・・・。お前の考えているようなフシダラな他意はない!」
「それでは・・・ルルーシュ様が、お教えになったわけでは、ないのですね?」
「当たり前だ!大体お前は、俺を一体どんな目で見ているんだ?」
「も、申し訳、ございません・・・」
「まったく・・・お前のような奴を”耳年増”というのだ・・・」

ブツブツと愚痴を零すルルーシュの前で、ジェレミアはがっくりと項垂れた。
項垂れながら、ジェレミアはちらりとC.C.を窺う。
不安そうな瞳を一心にルルーシュに向けているその姿が、なんとなく気に障った。

―――ルルーシュ様は私のご主君だ!お前の、ご主人様ではない!!

窺い見る瞳に、ありありと敵意を漲らせて、ジェレミアは心の中で叫んでいる。
その視線にルルーシュが気づき、ジェレミアの耳を引っ張った。

「・・・ッ!な、なにをなさるのですか!?」
「お前、なんでそんなにC.C.を目の敵にするんだ?そんなに弱い者苛めが好きなのか?」
「・・・いえ。そ、そのようなことは・・・ございません」
「では、ギアスのことで、恨んでいるのか?だとしたら、C.C.を恨むのはお門違いだ。お前にギアスを使ったのはこの俺だからな」
「う、恨んでなど、おりません・・・」
「それじゃぁ・・・ヤキモチか?」

一言で言ってしまえば、そうなのだ。
年がら年中ルルーシュの傍にいて、しかも今はルルーシュに面倒を見てもらっているC.C.が、ジェレミアには羨ましい。
ジェレミアがようやく見つけた主君を、独り占めしているC.C.に、妬心を持っていたのだ。
その心の内を図星で言い当てられて、ジェレミアは返す言葉が見つからない。
自分を見つめるルルーシュの目が、軽蔑しているように見えて、居た堪れなさを感じた。
「どうした?」と、冷たく問われて、ジェレミアは顔を背け、ルルーシュの前で肩膝をついて、深く頭を下げた。

「申し訳ございません・・・」

自分の浅ましい感情を詫びながら、ジェレミアの肩は震えていた。
そのジェレミアの髪を、ルルーシュが乱暴に掴み上げる。
俯いていた顔を強引に上げて、ジェレミアを見下ろしているルルーシュは冷笑を浮かべていた。

「なにを謝る必要があるのだ?」
「わ、私は・・・ルルーシュ様に、ぶ、分不相応の感情を抱いておりました・・・」
「それでは、ヤキモチを認めるのだな?」
「・・・・・・・はい」

あっさりと認めたジェレミアに、ルルーシュは少しつまらなさそうな顔をしている。
普段はあまり感情を人に見せないルルーシュが、時々その凶暴性を剥き出しにすることを、ジェレミアはすでに知っていた。
他の者の前ではどうかはわからないが、少なくともジェレミアに対しては、それを愉しんでいるような感もある。
下手に抵抗したり、隠し事をすると、ルルーシュの暴虐ぶりは激しさを増す。
だからジェレミアは抵抗を一切しない。
暴力を振るわれることは嫌だったが、それ以上に、ルルーシュの機嫌を損ねて「いらない」と言われるのが、怖かったからだ。
ルルーシュに髪を掴まれたジェレミアは、しきりにC.C.の視線を気にしていた。
それに気づいて、ルルーシュはジェレミアの耳元に唇を寄せる。

「C.C.の前で、この前みたいに、俺に抱かれてみるか?」

耳元で囁かれた言葉に、ジェレミアは血の気が引いた。
ジェレミアにとって、人前で男に抱かれるなど、例え相手が主君であっても、これ以上の屈辱的なことはない。
今すぐにでもルルーシュの手を振り解いて、逃げ出したい衝動に駆られるが、ジェレミアにはそれができなかった。
そんなことをしたら、二度とルルーシュの前に顔を出すことができなくなってしまう。
結局、「お許しください」と、精一杯に懇願するしかできない。

「C.C.!」
「は、はい!」
「あっちへ行っていろ!」
「・・・で、でも、ご主人様・・・」
「いいから、しばらく向こうの部屋で大人しくしていろ!」
「はい・・・」

ルルーシュとジェレミアを交互に見ながら、C.C.は不安そうな表情を浮かべて、隣に部屋へと姿を消した。
それを確認して、ルルーシュはジェレミアの髪を掴んだ手を離した。
ルルーシュは、崩れるように床に座り込んだジェレミアを、見下ろしている。

「たった一回の関係で、ヤキモチを妬くとは・・・お前、結構図々しいな・・・」
「そ、それは違います!」

揶揄するように言ったルルーシュの言葉に、ジェレミアは慌てて反論した。

「わ、私は・・・。ルルーシュ様は、私がようやく得ることのできたご主君です。その大切なルルーシュ様を、C.C.に・・・奪われるのが、悔しかったのです。決して、疚しい気持ちで嫉妬していたのではありません!」

薄っすらと涙を浮かべながら、必死でそう言うジェレミアのその言葉は、偽りではなかった。
自分の定めた皇族のために精一杯力を尽くし死ぬように、教育を施されて育ったジェレミアは、志を達することなく、一度主君を亡くしている。
それがどれだけジェレミアを追い詰めていたのか、わからないルルーシュではない。
初めから主君など持たなければ、ジェレミアにはもっと違った人生があったはずだ。
他の貴族や優秀な人材が、皇族の騎士に抜擢されていくのを、ジェレミアはどんな想いで見ていたのだろう。
羨ましかったに違いない。
一度自分の定めた主君を亡くしたジェレミアには、騎士どころか、新たな主君を得ることすら叶わなかった。
融通が利かないと言えばそれまでだが、ジェレミアはそれが当然だと思っている。
そう考えると、ジェレミアの嫉妬に同情できなくもない。

「ジェレミア・・・」
「は、はい」
「お前・・・意外と誠実なんだな・・・?」
「あ、あの・・・それは・・・?」
「心配するな。褒めてやっているのだ」

棘のなくなったルルーシュの声に、ジェレミアは呆けている。

「お前の、その間の抜けた顔を見ていたら、その気が失せた・・・。そのうちじっくりと可愛がってやるからそのつもりでいろ」

―――・・・ルルーシュ様の仰る・・・か、可愛がるって・・・一体・・・。

血の気の引いたジェレミアの思考は、ぐるぐる回り続ける。